アンコールワットの遺跡群に行った-4 ベンメリア
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ベンメリアは、カンボジアのアンコール・ワットの約40km東の森の中にある寺院。
世界遺産であるアンコール遺跡群のひとつで壊が激しい。
全貌が明らかになればアンコール・ワットを凌ぐといわれる規模と推測されている。
アンコールワットから東へ直線距離で約40km東方に位置し、
現在も修復が施されないまま放置され、密森の中に静かな佇まいを見せる平面展開型の巨大寺院。
原形をとどめないほど崩壊がひどく、苔むし多くが瓦礫の山のと化し廃墟の感を強く漂わせる。
アンコール・ワット建造前の11世紀末-12世紀初頭の造営と推測されている。
環濠幅約45m、周囲4.2kmと規模はやや小さいものの、
アンコール・ワットとの類似点が多く「東のアンコール・ワット」とも称される。
アンコール・ワットに先立ち、そのモデルとして計画されたといわれている。
ヒンズー教寺院として建造されたが、仏教のモチーフをあしらった彫刻が多く確認できる。
材質は主に砂岩である。
ポル・ポト派の支配が終わり、地雷の撤去が進み比較的近年に人が入れるようになった。
発見後に、遺跡があることは知られていたが、30年にも及ぶ内乱が続いたため放置されてきた。
遺跡内は安全の確保のため、足場が築かれているが、指定されたコースから外れると危険である。
遺跡が発掘された時に、どのような形で見つかるのか、植物がどう繁茂するかなどが分かる貴重な遺跡である。

宮崎駿監督作品のアニメ『天空の城ラピュタ』のモデルのひとつとも言われる。樹木が繁茂し昼なおほの暗く、重厚隠微な雰囲気が漂い、探検気分を味わうことができる。

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遺跡に行くための橋が堀にかかっているが、向かって左の堀には蓮の花が咲いている。


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対して右側の堀には睡蓮が咲いているが、あまり咲いていなかった。

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入り口正面だが崩壊が酷くて向かって右側に仮設出入口がある。

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天空のラピュタのイメージかな?

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崩壊した図書館。遺跡には図書館が必ずあるが、当時は教典が保管されていた。
写経に利用するのだろうか。

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アンコール遺跡群を4カ所見て回ったが、何故かベンメリアに心惹かれるものがあった。
そこにある遺跡やガジュマルが何かを語りかけているようで、
もっとカンボジアの歴史と遺跡と建築的な知識を勉強して再度来たいところだ。

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【2012/03/31 01:04】 | 社長の建築コラム | page top↑
アンコールワットの遺跡群に行った-3 タ・プローム
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タ・プロームは,アンコール遺跡群と呼ばれる多くの寺院や宮殿などの遺跡群の内のひとつで、
12世紀末に仏教寺院として建立され後にヒンドゥー教寺院に改修されたと考えられている遺跡。
創建したのは、クメール人の王朝、アンコール朝の王ジャヤーヴァルマン7世。

ガジュマルによる浸食が激しい。三重の回廊に覆われた遺跡には、文字通り樹木が食い込んでいる。
あまりの酷さにインド政府はタ・プロームの修復計画を発表した。
(インドはタ・プロームの修復を担当している)しかし、現在ここで議論が沸き起こっている。
熱帯の巨大な樹木は遺跡を破壊しているのか、それともいまや遺跡を支えているのかという議論である。
2006年10月現在、この遺跡の修復方針をめぐって、ユネスコを中心とした活発な議論が継続中である。
トゥーム・レイダーとトゥー・ブラザーズの撮影が行われたことで知られる。
(ウィキペディア)

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ウィキペディアにある様に、ガジュマルの浸食は建築を破壊するかのようだ。
しかし、これがタ・プローム遺跡のイメージするところではないかとも思える。
世界遺産や人類の歴史を考えると、これは自然をどの段階で保護するかという議論と同様の議論に思える。
そういう意味でこの建築群の保存は難しいな。

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【2012/03/31 00:41】 | 社長の建築コラム | page top↑
アンコールワットの遺跡群に行った-2 アンコールワット
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アンコール・ワット(Angkor Wat)は、カンボジアにあるアンコール遺跡の一つ、遺跡群を代表する寺院建築。
サンスクリット語でアンコールは王都、クメール語でワットは寺院を意味する。
大伽藍と美しい彫刻からクメール建築の傑作と称えられ、カンボジア国旗の中央に同国の象徴として描かれている
12世紀前半、アンコール王朝のスーリヤヴァルマン2世により、
ヒンドゥー教寺院として30年超の歳月を費やし建立される。
1431年頃にアンコールが放棄されプノンペンに王都が遷ると、一時は忘れ去られるが再発見され、
アンチェン1世(フランス語版)は,
1546年から1564年の間に未完成であった第一回廊北面とその付近に彫刻を施した。
孫のソタ-王(フランス語版)は仏教寺院へと改修し、
本堂に安置されていたヴィシュヌ神を四体の仏像に置き換えたという。
1586年、ポルトガル人のアントニオ・ダ・マグダレーナ(英語版)が西欧人として初めて参拝し、
伽藍に対する賛辞を残している。
1632年(寛永9年)、日本人の森本右近太夫一房が参拝した際に壁面へ残した墨書には、
「御堂を志し数千里の海上を渡り」「ここに仏四体を奉るものなり」とあり、
日本にもこの仏教寺院は知られていた事が伺える。
1860年、寺院を訪れたフランス人のアンリ・ムーオ(英語版)の紹介によって西欧と世界に広く知らされた。
1887年、カンボジアが仏領インドシナとされ、1907年にシャムからアンコール付近の領土を奪回すると、
フランス極東学院が寺院の保存修復を行った。
1972年、カンボジア内戦によって極東学院はカンボジアを離れ、寺院はクメール・ルージュによって破壊された。
この時に多くの奉納仏は首を撥ねられ砕かれ、敷石にされたという。
1979年にクメール・ルージュが政権を追われると、彼らはこの地に落ち延びて来た。
アンコール・ワットは純粋に宗教施設でありながら、その造りは城郭と言って良く、
陣地を置くには最適だった。
周囲を堀と城壁に囲まれ、中央には楼閣があって周りを見下ろすことが出来る。
また、カンボジアにとって最大の文化遺産であるから、攻める側も重火器を使用するのはためらわれた。
当時置かれた砲台の跡が最近まで確認できた(現在は修復されている)。

内戦が収まりつつある1992年にはアンコール遺跡として世界遺産に登録され、
1993年にはこの寺院の祠堂を描いたカンボジア国旗が制定された。

今はカンボジアの安定に伴い、各国が協力して修復を行っており周辺に遺された地雷の撤去も進んでいる。
世界各国から参拝客と観光客を多く集め、また仏教僧侶が祈りを捧げている。
参道の石組みの修復は日本人の石工が指導しており、その様子はNHK「プロジェクトX」で取り上げられた。
(ウィキペディア)

ウィキペディアでは、「森本右近太夫一房が参拝した際に壁面へ残した墨書」と記されているが、
カンボジア人のガイドさんは、昔の日本人の落書きと言っていた。
しかし、これは近年観光に来た中国人によって塗りつぶされて読むことが出来ない?

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アンコールワット正面
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伽藍の内部下の写真の階段を上らないと見る事が出来ない。
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上部に至る階段は大変急で、一カ所だけ上れるように階段の上に木造の階段を作ってある。
この階段を上るのが一苦労だったが降りるのはもっと怖かった。

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【2012/03/31 00:06】 | 社長の建築コラム | page top↑
アンコールワットの遺跡群に行った-1 アンコールトム
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3月末に家族4人でカンボジアのアンコール遺跡群を見て、帰路の途中でベトナムのホーチミンによってきた。
今回の旅行ではカメラを何にするかでかなり迷ったが、フジの新しいミラーレス機のX-Pro1に殆ど28ミリを付けっぱなしと、キャノンの新しいコンデジパワーショットG1Xをサブにした。
G1Xの写真のウチ半分は息子が撮ったものです。
両機とも一眼レフデジタル凌駕すると言っても過言ではない。解像度のある良い写真が撮れたと思う。
残念だがブログに掲載する都合上、かなり小さくしているので、はたしてどうか?

詳細は私の知識よりも遙かにウィキペディアの方が詳しいので下記に引用しておく。
アンコール遺跡(アンコールいせき、Angkor)は、カンボジアの北西部、
トンレサップ湖北岸のシェムリアップの北側にあったクメール王朝時代の遺跡群である。
ユネスコの世界遺産(文化遺産)に登録されている。
アンコール遺跡群は現在のカンボジア王国の淵源となったクメール王朝の首都の跡である。
この地には、9世紀頃から数々の王建設が開始された。
この遺跡に特に大きく関わったとされるのは、
スーリヤヴァルマン2世(1113-45年)とジャヤーヴァルマン7世(1181-1201年)と言われる。
スーリヤヴァルマン2世は特にアンコール・ワットの建設を行い、
その死後30年ほど後に王に就いたとされるジャヤーヴァルマン7世はアンコール・トムの大部分を築いたとされる。
しかし、ジャヤーヴァルマン7世が崩御した後のアンコールはアユタヤ朝の進入を度々受けその存在を侵され始め、その後ポニャー・ヤット王にはついにアンコールを放棄するに至った。(ウィキペディア)

アンコール・トム (Angkor Thom) は、
アンコール遺跡の1つでアンコール・ワット寺院の北に位置する城砦都市遺跡。
12世紀後半、ジャヤーヴァルマン7世により建設されたといわれている。
周囲の遺跡とともに世界遺産に登録されている。
アンコールは、サンスクリット語のナガラ(都市)からでた言葉。
またトムは、クメール語で「大きい」という意味。

アンコール・トムは一辺3kmの堀と、ラテライトで作られた8mの高さの城壁で囲まれている。
外部とは南大門、北大門、西大門、死者の門、勝利の門の5つの城門でつながっている。
各城門は塔になっていて、東西南北の四面に観世音菩薩の彫刻が施されている。
また門から堀を結ぶ橋の欄干には乳海攪拌を模したナーガになっている。
またこのナーガを引っ張るアスラ(阿修羅)と神々の像がある。
アンコール・トムの中央に、バイヨン (Bayon) がある。
その周囲にも象のテラスやライ王のテラス、プレア・ピトゥなどの遺跡も残っている
(ウィキペディア)

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アンコールトムの門、ここからクルマでまだ少し走る。

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アンコールトム・バイヨンの正面

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アンコールトム・バイヨンの裏側

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象に乗りアンコールトム・バイヨンを1周できる。乗るときが怖い。また乗り心地は大変悪い。

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【2012/03/31 00:03】 | 社長の建築コラム | page top↑
熱海に行った
ウチの家族と妹の家族と総勢8人で熱海に行った。
今年は寒いせいか梅の開花が遅いらしい。
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カメラはキャノンの新製品POWER SHOT G1XAPS-Cを気持ち小さくした画像素子なので、
写りが良いがこれは本当によく写る。因みに画像素子は、フォーサーズよりも大きい。

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ホテルニューアカオのハーブ園とか言うところにも行ったが、菜の花が沢山咲いていた。

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【2012/03/22 16:36】 | 社長の徒然コラム | page top↑
久しぶりの浅草
カミさんと浅草に行くのは、何年ぶりだろうか?
「ヨシガミ」という洋食屋でタンシチューとビーフシチューを食べに行こうとなり、久しぶりの浅草だ。
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この店は何時も満席なんだろうか?待つこと約30分ほど、その間に漬けものやで試食をした。
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タマネギの漬け物とべったら漬け、その他に結構試食をして、
ヨシガミでビーフシチューとタンシチューこれはやばい!!旨すぎる!!!また来ようかな!!!

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人力車のお兄さんは結構流ちょうな英語でガイドをしていた。やはり時代は変わってきている。

浅草寺

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今回はライカM9にズミルックス35mmを漬けての撮影。やはりズミルクス35mmは新しい方が自分の好みだ。

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【2012/03/21 00:11】 | 社長の徒然コラム | page top↑
娘からのプレゼント
今年25になる娘が歯科大を卒業する事になった。歯学部は医学部と同じ6年間の修業年だ。
そして娘には言いづらいが学費がとんでもなく高い。父親としては娘には言えない色々な問題が発生した。
しかし、これで卒業出来て後は歯科医師国家試験に合格すれば、晴れて「先生」になる。
といっても昔で言う「インターン」をこなさないと、開業医にはなれない。
頑張れムスメ!!
そのムスメから初めてオヤジに花束のプレゼントがあった。「6年間ありがとう」と言ってくれた。
嬉しかった。何だか大変だった6年間が一度に報われたような気がした。
後日、歯科医師国家試験も無事に合格!! やったね!!

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SONYのNEZ-7にαAマウントアダプターでDistagonT* 24mm F2ZA SSMで撮影
Eマウントのレンズが売れているようだが、先にこちらを持っているので、
とりあえずスルーしている。
果たしてどちらのディスタゴンが良いのだろうか?広角だが結構よれるレンズだ。

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【2012/03/20 23:55】 | 社長の徒然コラム | page top↑
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